うどん二郎のブログ

95年生/横浜/写真

待ち合わせ5分前に、だいたい

「行きましょ」なんつって腕を組んで

ーー小沢健二「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」

ただし恋に限った話ではない。たがいに腕を組まない関係だってある。でも、待ち合わせのドキドキ感はひとの行動パターンを変える。ふだん自分ひとりの行動に慣れきってしまっているからかもしれないけれど、ひとと、あらたまってお出かけするとなると、ちゃんとしなきゃと思うタイプである。だからその結果、表題のとおり5分前にだいたい待ち合わせ場所にいるのだが、まずちょっとそのまえに一服させていただくことが多い。郊外のターミナル駅なら近くに喫煙所があるし、駅ビルが入っていれば飲食フロアに喫煙ルームがある。紙煙草だからそのへんはごまかせなく、健康なひとたちに配慮して律儀に煙を収束させる必要があるのだ。前日に「喫煙所マップ」というアプリでその日の集合場所の喫煙所情報を調べるときもあるし、べつに吸うつもりがなくてもたまたま近くに喫煙所があると「ではちょっと……」と抜け出すようにひとりでくつろぐときもある。そのとき煙をくゆらせぼんやり思うのだ。人生最高の日になるかもしんない。

……というのは若干言いすぎだけど、ぼくがそのひとに何を言えるか、どんな服を着てくるのか、一緒に何を食べられるか、期待は募る。デートでなくてもかまわない。10年ぶりに会う友人だったら昔と今の変化に注目したい、という話だ。友愛の感情は到着の時間を計算するときに高まる。気軽に気持ちを打ち明けられるひとと仕事の帰りに飲むとか、地元で軽く集まるということがあまりなく、日々孤独に帰宅しているから勝手にひとりで盛り上がってるだけかもしれないが、三十路手前(なんて大人な響きだろう、「かっこつけてピアノなんて聴いてみたり」しようかしら)の岐路に立たされているいまこの瞬間、親密にやりとりできる時間というのは満足なものだ。

いっとき、車に乗ることが多かった。車は正直時間が読めない。駅の改札前で待ち合わせるときと比べて合流に手間取る。陽光が柔らかく差す午前中の国道246号を上ろうとすると、ところどころ100m程度の渋滞にはまる。多摩川を越えるとどの車もいよいよかという気分を発し始めて、どこかで曲がろうとするからしきりにブレーキランプがチカチカしだす。交差点ではかたまりになっている歩行者をゆっくりと見送ってからでないと左折できないから後続の車両はさらにのろのろとするのだが、23区内の駅周辺の道路はどこも通行しにくく、土地勘がないのも相まって心配になりながらひとを探すはめになる。一時的に車を停められる場所をようやく見つけると、車の名前と特徴を告げ、探してもらう。目的地が決まっていたらあとは楽チンだ。音楽が好きなひとだったら流しながらあれこれ意見を述べることができる。プレイリストにしておけば途中でスマホを不必要に触ることもない。おまかせの気分のときはTOKYO FMでよいはずだ。

思い出すこともある。芝生のある公園に着いたとき、小ぶりなトートバッグからサッとレジャーシートを広げてみせてくれたひとがいた。ぼくはあのときの手ぎわの良さに感謝と感動をおぼえたのだった。あるいは、べつのひとが駅のレンタルモバイルバッテリーを歩きざまに逆さまに返却したとき。忙しそうな様子とその勢いから都会人だと思った。「なかなか手が出せない値段の指輪が気になってる」と言っていたひともいた。つぎに会ったとき実物をはめておられ、「通勤電車の吊り革につかまってるからすこし傷もついてるんだけど」と見せてもらったがその指輪自体の高貴さもあってすごく印象に残っている。

なんだか、こんな断片に生かされている気がする。待ち合わせの段階ではこんなに最高にかっこいい瞬間に出くわすと思っていなかったからだ。

ぼくは別れ際、とくに乗り物を見送るときが苦手で、だらだらくっちゃべりながらその日言い残したことはないかなとか考えてだいたい思いつかないのだけど、いつかさっぱりと「じゃ!」なんて言って相手がタクシーで去るときでさえここが愛の最高の瞬間だと感じるときが来るのだろうか。それとも歳をとるにつれていっそうさびしくなっていくのか?

と、つい待ち合わせの話から飛躍してしまった。夏は暑かったからまともなお出かけができなかった。カフェでじっくり話し込むのもいいが、秋にそのへんを歩きながら軽い話をするのもいい。意図的に地名と日付を伏せたが、知らない土地に時間を決めてカメラを持って繰り出すのもひとつの手だろう。下調べをして出かけるのは面白い。まじめに働いて蓄えて、一回くらいはめかしこんで派手な場所に行くのもいいかもしれない。最近「大人になってからじゃないとできないことって意外と少ないかもしれない」と思ったが、だとしたらそれはたぶん資金の問題で、いまから大富豪になるのは難しいにしても月に一回遊びに行けるくらいの稼ぎの仕事はしようかな。f:id:udonjiro:20231105003850j:image